償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って(山ア裕侍)
2026-01-21


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ぼくは東京都足立区竹ノ塚の出身。
1961年生まれですから、戦争が終わって16年しか経っていません。
舗装道路がまだない時代でした。
電車で少し行ったところに綾瀬という街があります。
ぼくが中学生の頃は、「ガラが悪い」と悪評が立っていました(今は全然違うらしい)。
その綾瀬で、1989年に女子高生コンクリート詰め殺害事件が起きました。
女子高生をさらって監禁し、6人の未成年者が性的暴行を加え、40日後に殺してしまいます。
遺体をドラム缶に入れてコンクリート詰めにして遺棄したのです。大変衝撃的でした。

テレビのディレクターである筆者は、罪を犯した人間の「償い」とは何だろうかと事件から11年経った2000年から取材を開始します。
犯罪を犯した元少年たちは、本当に反省し、被害者と遺族に対して償いの気持ちを持っているのか。
これは大変難しいテーマです。
人間の心の中というのは、当人さえ分からない可能性があります。
また、思っている気持ちをどれだけ言語化できるかという当人の能力の問題もあります。

しかし筆者は、加害者、ならびにその家族に取材を続けていきます。
そこで明らかになったことは、償いの気持ちが「ある」とか「ない」とか単純なものではありません。
結局は、なぜはじめに犯罪を犯したのかという点に収斂していくのだと感じました。
そういう意味ではクリアな結論があるわけではありません。
でも人間ってそういうものだと思います。

中盤から終盤にかけて、実行犯Bの人生のすべてが明らかになっていきます。
罰とはいったいなんでしょうか? 犯罪者を刑務所に隔離して社会の治安を守ればいいのでしょうか?
罪と罰の問題が深く描かれます。

そしてこの本は、綾瀬事件のその後を描くだけでなく、報道とは何かを実に丁寧に描写しています。
報道において、立場のない立場はないわけです。
報ずる者はどういう立場に立つのか、報道される側はどういう立場に立たされるのか、そういうことが深みを持って表現されていました。

25年に及ぶ取材の記録を綴った一級品のノンフィクションでした。
大宅賞の候補に上がるんじゃないでしょうか。
[本を読んだ]

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